心境の変化

ちょっと前まで、特に願望が強いわけではないけど、いつかは結婚するんだろうな〜と思っていたんですよ(ですよって急)

 

理由としては、

  • 50代で一人とかってなんか孤独っぽいし
  • 一生恋愛するにしても、ずっと独身よりバツイチの方が変なこと疑われないんじゃないか
  • 生活力そんなにないし、一緒に考えてくれる人がいたほうがいいなあ 

とかまあ・・・・そんな漠然とした感じ。(いやそんなものじゃない?)

 

最近、おそらく緊急事態宣言againによって、在宅勤務時間が増え、一人で考え事をする時間が増えた&好きな生活リズムを考えることが増えたからかなと思うのですが、一生結婚をしない(結婚というか・・・・日常生活を完全に人とシェアをしないと言った方がしっくりはくるが)選択肢が一番しっくりくるな、という考えに至ったのです

 

私にとって、恋人や友人と過ごす時間って、日常というよりはビストロで外食くらいの感じで、気軽で身近ではあるけど、毎日となるとちょっと違う。

 

フルコースではないかもしれないけど、ビストロでも毎日となるとややしんどいといいますか、大体の日は温野菜とかお鍋とか納豆とかが適切なんですよね。

っていう感じの違和感があるのです

 

人がいた方が料理欲が上がる人っていると思うんですが、半年に一回のホームパーティー(やらないけど)ならともかく、普通のおうちご飯の場合、自分のためにその時一番食べたいものを体に聞いて、好みの味付けで食べたい量だけ作るのは割と好きなんですが、人に出す=相手の好みとか彩とか、しょぼくない品数とか考えた瞬間に、めんどくさいから外食にしよう、と思うタイプです。

 

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デートも同じ(?)で、何年も付き合ったのであ・うんの呼吸です。というよりは、1他人同士として、関係性によらず、全てを知ろうとしない、いつ何かのタイミングでどちらかに人生の転機が起きたり(思い立って留学するとか)、別の出会いがあるかもしれないから、一緒にいられる時間は当たり前に思わず感謝しあいたいっていう気持ちが強い。

 

結婚するかどうか・恋人の有無・友人の多さなどに関わらず、人はどちらにしろ本当に一人で生きる、って状況にはなかなかならないし難しいと思うので、そもそも結婚によって孤独が紛れるっていう考えには元からハテナなんですが、少なくとも自分の生活感や人との距離感、セルフコントロールを考えたときに、「結婚しなくてもいいや」というよりは、いわゆる一般的な結婚の形式(同居を理由なく拒否すると条例違反らしいよ)はむしろネガティブな要素の方が強く、明確に「しないほうがいいや」になってきました。

 

それよりは、コツコツ生活力を上げていって、自分のリズムも確保しつつ、社会ともほどよくうまくお付き合いし、今まで通り価値観の合う恋人と待ち合わせをして会う方が、全てがスムーズなんではないかと。

 

そして同時に、気にしていないつもりでも、心のどこかで、変な人と思われないために1回は結婚しておいた方がいいんだろうなあ、とか、40くらいまでには結婚した方が側から見てハッピーっぽいなあ、とか、主語他人の思考を持っていたことに気づいて、ちょっと自分でびっくりしたりもしました。

そして、独身の美しい女優さんを見たときに、「こんなに綺麗なのに結婚してないんだ〜」と無意識に思ったり、ネットで「素敵な人だからきっとそのうちいい出会いがあるでしょう」(笑)とか書いてあったりするのも、「結婚=幸せ」っていう刷り込みに想像以上に世の中が侵されてるなと。そして少なからず反応してたんだなあと。

 

ま、他人の目、世間体みたいなものを100排除するなんて、仙人じゃないからなかなか難しいんですが、幸いなことに、何気にピックされにくいだけで、そういう生き方をしている魅力的な先人がいてくれることによって、いろんな選択肢を検討できる時代でよかったなって思います。

 

特にしたい理由もないのに、なんか結婚したいかも、みたいな中途半端な気持ちに悶々とする、という不毛な時間がなくなったので、逆によりしてみたいことが増えてきた最近でした。

 

自分が理想と思える住環境で、意欲を持てるお仕事ができて、ナルシスチックにずっと健康や美容に勤しめて、わんこたちものびのびとでき、自分も好きな時間を過ごせるために、そして理想的なマインドでいられるために、改めてしたいこと、必要なことを考えていきたいなと思った、34歳直近でした。